【駅擬】変わるもの、変わらないもの
大倉山さんと綱島さん。相鉄・東急直通線開業絡みで微妙なすれ違いみたいな感じです
あまり穏やかな話ではありませんが…
二人とも特徴的な喋りなのは仕様です
※つな姉さんは相手のことを旧駅名で呼んでます
「今日は良い天気ですわね、またこうして屋外でティータイムが楽しめる季節になって嬉しいですわ」
三月のある暖かな日の午後、クレタ・ミケーネ文明の様式が用いられた建物の前で、アフタヌーンティーの準備を終えた大倉山が明るい声で言った。
冬の寒い時期や梅雨、夏の暑い時期を除いて、都合の合う際は時々こうして過ごすのが綱島と大倉山の楽しみだった。
ここ数年は時勢に配慮して控えていたので、実に久しぶりとなる。
───よく考えたら、こんなところにテーブルと椅子を出して大丈夫ぬん?
もう何度となくティータイムを楽しんでるのに、今更ふと気になってしまった綱島だったが、
─── まあテーブルや椅子は預かって貰ってるんだろうし、今までも何もトラブルがなかったし問題ないか…。
とすぐに思い直した。
そういえば3年振りに開催された観梅会に一緒に行ったときも、制服姿のまま堂々と梅酒を購入している大倉山を見て呆気にとられている綱島をよそに、
「あら、わたくし達の実年齢は97歳ですから、全く問題ないのでは?」
と何事もなくブースの人と歓談していた。
─── 太尾もちゃんと地域に溶け込んでいる様子ぬんね
ほっとしたような、微笑ましいような気持ちになった。
───
「18日もこういう天気だったら良かったのになあ…。折角の開業日はすがすがしい晴天のほうがふさわしいし、雨の中イベントに参加したり並んだりは大変そうだったぬん」
「まあ、無事に開業しただけでも御の字では。道路が2度も陥没したときはどうなるかと思いましたわ。あれは環2で起きましたけど、住宅街の方は不安だったのでは。もしうちの近くで同じことが起きたら、と…」
「確かにお家の前に穴でも空いたら怖いぬんね…」
「しかもトンネルが貫くだけで素通りですもの。こちらの有効本数は1割以上減りましたし…。でも何処にも皺寄せがいかないようにするのは無理ですし、仕方ないですわね」
「もし条件が合ってたら太尾も、“妹“欲しかったぬん…?」
「うーん…。先程は恨み言のようなことを申しましたけど、計画から外れて寧ろほっとしているのも正直なところですのよ。物理的に工事用の車両が入れないのは仕方ないですし、結果的にはこちらが悪者にならなくて済んだので何よりですわ」
「…………」
「新しい駅ができたらもしかしたら…古代ギリシャ風の建物で統一された美しい商店街も壊されて、タワーマンションだか商業施設だかがボコボコ建ってつまらない景観になっていたかも知れませんもの。そうでもなったら、わたくしはきっと新駅のことを歓迎できないし立ち直れないでしょうね」
「それに、わたくしは綱島さんみたいにどんな時も陽気に笑える人とは違いますもの」
ここまで言い終えて大倉山はハッとした。
綱島の顔から笑みが消えていたからだ。
「……太尾…それは、何かの当てつけかな?」
「…いえ、わたくしは……」
「ただへらへらしてると思われてたなら、それはちょっと心外かもなぁ…?」
大倉山は、かつての綱島のことを思い出していた。
「形あるものはいつか壊れる…でもなくなってしまったとしても、そこにあった事実や歩んできた歴史はなくならないし壊されないから。…一番大切なのは、忘れないこと、ぬん」
1970年代より温泉街の旅館がひとつ、またひとつと廃業し賃貸マンションや商業施設に変わっていくのを見ながら彼女はそう言って笑っていた。
それより以前、「付近一帯は関東一の桃の名所にして、三四月の交は満目の桃花艶治たる紅雲を吐いて沿線屈指の行楽地なり」と沿線案内に書かれるほど見事な桃園が1938年の洪水により大打撃を受け、その後戦争の影響により農地転用され激減したときも、
「大丈夫、桃源郷はあたしたちの心の中にいつもある。いつか状況が許される時が来たら、また復興できれば良いと思うぬん」
そう言って笑っていた。
昔から、そのようにいつも前向きで強い綱島が好きだったし、そんな彼女が精神的な支えになっていたのも事実だった。
温泉街も桃園も、かつては日本に誇ってもいい風景だった。
時代の流れとはいえ、街の構造転換を余儀なくされ複雑な感情を抱かずにはいられないであろう事は想像に難くない。
それでも。
地域の人々が未来に進めるように、自分だけでもどんなときも笑顔でいること─── 。
それが“地域の顔“でもある駅としての彼女なりの使命だと考えていたのだろう。
─── 解っていたはずなのに、どうして酷い皮肉が出てしまったのか。
どんな謝罪の言葉を紡げば良いのか迷い、ただ首を横に振ることしかできない。
「新駅…新綱島駅と周辺施設の建設にあたっても、色んな慣れ親しんだ風景との“別れ“があったよ。でも新綱島駅には移り変わってきた風景がとりこまれているから、あの時の風景を忘れないように…いつでも思い出すことができるようになってる。
そして辿ってきた歴史を大切にしながら未来に向けて発展し続けていこうというメッセージも込められているんだよ」
「だからあたしにとってあの子は『希望』であり『誓い』でもある。太尾にも、ただ古き良きものを破壊するだけの疫病神みたいに思って欲しくないな…」
「わたくしは、決してそういうつもりでは…」
「まあ、いいや。……今日は、失礼するぬん」
そっと席をたち、駅に向かう坂をかけ下りる様子は慣れたもので、あっという間に背中が見えなくなってしまった。
その場から動けないまま、大倉山は一人反省会をする。
「どうして今日のわたくしは…結局、恨み言ばかりあんなに…」
─── 二人きりで穏やかに過ごす久しぶりのティータイムに、他の子の話をしようとするのが嫌だった…?
顔が広く割と誰とでも友好関係を築ける綱島が他駅の話題を出すのは今に始まったことではないではないか、と首を横に振る。
ましてや彼女が、妹に当たる新綱島が無事に開業できた喜びを共有したいと思うのは自然なことだろう。
それも解っていたはずなのだが───。
一方、綱島は綱島で、
─── そもそも開業の話題なんて出さなければよかったのかな。あたしだって楽しく過ごしかったのに…
と後悔したのだった。
「でもそんな風にタブー視するのは本来おかしいし、悲しいね…。話題に気を遣わないといけないような関係ではないはずなのに…どうしたらいいのかな…」
各々が今は別の場所で、同じ空を見上げ途方に暮れている。